FILE4 : 信越本線旧線・米山〜青海川第1・2トンネル再訪 その1

〔撮影 2010.3.14〕


はじめに
今回のレポに登場する場所は地震による大規模土砂崩れがあった非常に危険な場所です。
これを見たアナタが現地に行って、もしケガ・事故等に遭われても、当方は何ら責任を負いません。

このレポをお読みいただく前にスイッチFILE3を読まれていない方は
先にそちらをご覧いただくことをオススメします。





2007年7月の中越沖地震から2年8ヶ月が経ちました。
スイッチFILE3では、地震発生後8ヶ月が経過した信越本線旧線の米山第1・第2トンネルをレポートし、
第1トンネル笠島側抗口の完全埋没を確認しました。しかし、その時に第3以下他のトンネルは
どのような被害が出たのか確認できなかった為、今までずーっと気になっていました。
今回その被害を確認すべく、2年振りのお散歩に出かけました。
第3トンネルに向かう前に、まずは埋没した第1・第2トンネルの状況をついでに眺める為聖ヶ鼻に向かいます。





聖ヶ鼻直上の広場に向かう途中、車を駐めて補強工事が完了した法面を眺めます。
前の写真からも分かる通り、国道を走る車から容易にこの山肌を見ることができます。
もともと木が生い茂る斜面でしたが、地震後はすべての木を伐採して、
コンクリート枠が何段にも重なる斜面に様変わりしました。
ここまで強固な法面工事をした訳は・・・





斜面の麓には柏崎市米山町地区の部落が広がります。
幸いにして地震発生当時、こちら側の斜面では大規模な崩落はなかったものの、
一歩間違えれば地形が変わるほどの土砂崩れが発生していた可能性がありました。
もしそんなことになれば・・・考えるだけで恐ろしいですね。





広場につきました。
じつはココには昨年の1月にチョコットだけ来たことがありました。
その時は真冬の日本海からの強風による寒さと、車の中で半ば呆れて待っている家族の視線の寒さに耐えられず、
さらっと景色を眺め、数枚の写真を撮っただけで撤収しました。
今日は気候も良く、自分一人だけで集中してトンネルビューを堪能できます。
広場の景色は昨年1月に見たものとほとんど相違の無いものでした。
違っているのは写真右端に写る何かの石碑が、崩壊斜面から掘り起こされ、あの場所に移設された事だけでした。





崩落した北東側斜面に近づいてみました。
すると昨年1月には行われていなかったこの斜面の補強工事が行われていました。
土木の知識が皆無なのでよく分かりませんが、コンクリート枠で固められた所や、
何かを吹き付けたのか黒く固そうな所、一部茶色の補強面や
あの日あの時をそのまま残すような斜面など、様々な法面・斜面が望めます。





さて肝心な第2トンネルですが、昨年1月はFILE3の散策時とまったく変わらない
状態でしたが、今はどうなっているのかなぁ〜・・・・・・・・・・・
あ゙っ、あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!





ほっ、掘り起こされているぅ!
2005年の大雨による半没以降、その全貌を見ることの出来なかった第2トンネル米山側抗口が、
全てとは言えないまでにも、ほぼ全体が掘り起こされています。





そしてよく見ると今立っている斜面の下には謎のフラットな盛土スペースがあります。
(写真にポインタを合わせると私の妄想像を表示します)
この盛土は明らかに大きく変わった変化です。
冷静に考えれば法面強度を保つ為に2段にしているだけなのでしょうが、
希望的推測からすると第1トンネルの抗口を掘り起こした跡?かも?であって欲しい!
いくら目を凝らしても、デジカメのズームの倍率を上げても、あの盛土の向こう側が見える訳がなく、
自分の中の妄想が膨らむばかり。(↓妄想図)

この時点で、『第3トンネル以降の安否確認』という本来のテーマが完全に先延ばしされ、
『第1・第2トンネル再訪』〜掘り起こされた第1トンネル笠島側抗口の現状〜などと
サブテーマのついた目標に入れ替えられておりました。





鼻息を荒くしたまま聖ヶ鼻を後にして、第2トンネルへのアクセス為、上輪地区に下る道を行きます。
途中で車を駐め、先程妄想を膨らませた聖ヶ鼻北東斜面を望みます。
あの謎の盛土スペースが見えますが、イマイチ笠島側抗口が
口を開けている(だろう)面までが確認できません。
まぁ今ここで見なくても、これからしっかりと確認出来るのだからと期待に胸膨らませ車に戻りました。
今こうしてこの写真を見て気がついたのですが、
左手前の法面工事の作業者用仮設トイレがかなりキワドイ場所に設置されています。
使用中に突風が吹いてゴロンゴロンと…なーんて考えたら怖くて使えなさそう。





上輪地区に下りきると、そこはかつて線路があった旧線痕の道です。
その道を左に折れ、今は駐車場となったスペースの最奥部まで行き、車を降りました。
ここからは徒歩で第2トンネルを目指します。
前回ココに横たわっていた“通行止め”の立て看板も見あたらないことから、
じゃあ遊歩道は復活したのか!っと更に妄想が都合の良い方向に加速して行きます。
予め車に積んでいた長靴に履き替え、波の音を聞きながらレッツらゴー!





今回も散歩に許された時間が1時間程度しかなく、時間をムダに浪費することが許されません。
速やかに目的を達成し、家族の元に戻らなければ!と気が焦ります。
第2トンネルまでは少し早歩きで時間を稼ぎました。
前回土砂崩れや落石があった場所は、土砂や岩を路肩に寄せてあり、
人や自転車が通るのに問題のない幅が確保されていました。
おかげで日本海の潮風を気持ちよく受けながら、ご機嫌のお散歩です。





いよいよ第2トンネル笠島側抗口が見えてきました。
こちらはポータル直前が土砂崩れにより目隠しされる状態になりましたが、
ポータル自体は埋没を避けることができました。
ただし、要石上に痛々しい亀裂が入っていたことを鮮明に記憶しております。
前回訪問時と異なる点は、崩れた土砂をならし、
トンネル内に車両が入れるように道が造られている事です。





斜面から連なる土砂を左カーブで迂回すると、見えました。
第2トンネル笠島側のポータルです。
要石の上を走る亀裂が相変わらず痛々しいですが、
前回訪問時から亀裂が成長している様子はないので、少し安心しました。
今回はこの第2トンネルを通り、楽ちんに第1トンネルまで行く事ができ、
限られた時間を最大限、第1トンネルの捜索に充てられると喜んで近づいたのですが・・・
うん?
水が溜まっているではありませんか!





目的地を目の前にして、水没というまさかの結末で今回の散歩(調査?)を断念したくなかったので、
トンネル壁面近くの浅そうな場所を選んで、一歩踏み出してみました。
ザブン!
長靴の半分が沈みました。
2、3歩先は更に深くなっている感じでしたが、もしかすると長靴が完全水没する深さは無かったかもしれません。
ただしこの隧道湖の湖底には前回同様ニュルニュルっとした泥が堆積しており、
両足がずぶっと填った場合、身動きがとれなくなる可能性や、
にるっと滑った場合、転んで長靴どころかパンツまで水没する危険性があった為、
リスクを避けるために第2トンネル通過を諦めることとしました。





すぐそこに反対側の出口が見え、さらにその先に第1トンネルが待っているのに、
そこまでいけない悔しさ。
ここまで気持ちよい海風を感じながら鼻歌交じりに歩いてきたのに、
一気に奈落の底に落とされた気持ちです。
しかし悔しさとは反対に、安心感も得ることができました。
なぜなら、堆積している泥の様子をみると昨日や今日車両が通っていた感じがしないことから
法面工事やその他工事が完了してからしばらく時間が経過している、
つまり工事のおっちゃん達は完全に撤収していることが読み取れたからです。
遊歩道入り口には“通行止め”看板は無かったものの、心のどこかには
工事関係者がいないかドキドキしている気持ちも無きにしもでした。
少なからずその心配は無くなった訳です。





第2トンネル通過は諦めましたが、第1トンネルの状況確認は諦めた訳ではありません。
前回同様、海ルート・山ルートを使えば第2トンネルを迂回できることは分かっています。
ちなみに前回は行きに山ルート、帰りに海ルートを使いました。
海ルートは体力消耗を最小限度に抑えられる為、次回来るときは往復ココを使おうと考えていましたが、
今日は打ち寄せる波が少し高く、崩壊箇所を迂回できる陸地が波に洗われていた為、
今回も体力勝負の山ルートを進むことにしました。
案の定枯れススキが覆う斜面は、滑りやすさとその傾斜角で運動不足のメタボ野郎に
容赦なく襲いかかり、体力を一瞬にして奪っていきました。
ハァ〜ハァ〜言いながら第2トンネル山(仮称)の頂上に立つと・・・





ガッカリ…
第1トンネル笠島側ポータルがあるのでは?と思っていた盛土側面には、
盛土上に登る為のスロープがあるだけでした。
まぁ正直、“掘り起こされていればラッキー”くらいの気持ちだったので、
当然の現実を見ただけなのですが、ちょっぴり残念でした。
でもそれ以上に、この盛土斜面の緑色の何かで簡易的に固められている場所が、
将来ガチガチのコンクリートにされてしまったら、ポータルは永遠の眠りについてしまうことが気がかりです。





ちょっぴりの残念感と、てんこ盛りの疲労感で、第2トンネル上の山から先に進む事を
若干ためらっておりましたが、「もしかすると第1トンネルの形跡が少しでも残っているかもしれない」
「後々になって行かなかった事を後悔するかもしれない」と思い、土砂が堆積した路盤跡まで降りてきました。
振り返って第2トンネル米山側抗口を眺めます。
このポータルがここまで露出しているのを久しぶりに見る気がします。
(右の写真は2007年5月Go-out34





近寄ってよく見ると、笠島側同様に要石の真上から亀裂が入っていることが分かりました。
前回訪問時はその大半が埋まっていたので気がつきませんでしたが、
この山全体が海側に動き、トンネルの一番弱い場所に歪みが入ってしまったようです。
その他に、抗口右側斜面が雨水で削り採られていて、これ以上浸食が進むと
ポータルが崩壊してしまうんじゃないかと心配です。
それにしても、中を通れれば楽ちんにここまで来れるのになぁ〜。
っと向こう側で思っていたことを、こちら側でもしつこく思ってしまいます。





さていよいよ本題です。
前回訪問時に巨大バームクーヘンの欠片が散乱していた場所がおそらくポータルのあった場所と
思われますが、(スイッチFILE3参照)ちょうどその辺りが盛土に上がる為のスロープになっていました。
前回は早朝の冷たく張りつめた空気感と災害現場にいるという緊張感で落ち着かない心理状態のまま、
この辺りをぶらぶらしていましたが、今回は暖かい春の日差しと人気のない静かな海辺という感じで
ゆったりとトンネル埋没地を散策できます。





スロープの向かって左側
「ここを重機で整備した人は埋まっているポータルの一部でも発見しているんじゃないかなぁ〜」
「でも興味のない人だったら、全く気にしないで埋め戻したんだろうなぁ〜」とか色々と
想像を膨らませながら、岩と岩の間にコンクリートポータルの一部が見えないか、凝視します。





スロープ正面と右側
スロープの上から雨水が流れてきて、少し水路のように削り取られている溝がありますが、
「この先、大雨でこの溝が深くなれば、きっとポータルが顔を覗かせるはず。雨よこのスロープを削ってしまえぇ!」
などと無責任な事を考えながら、辺りを歩き回りましたが、
結局コンクリートポータルの形跡すらも確認することが出来ませんでした。
私が想像しているより、もう少し深い所に埋まっているのかもしれません。





今の状態からすると第1・第2トンネルを初めとするこの遊歩道が再開する見込みはおろか、
最悪は今現在口を開けている全てのポータルがコンクリートで半永久的に塞がれることも
過言ではないなと思いました。
近くにあるからいつでも・・・と思っていたが故に、なかなか訪れることが無かった明治生まれの隧道群。
近くにあったのに・・・と後悔が膨らみます。
波の音が心地よい地震前の静かな遊歩道にいつか戻ってほしい。
明治に産まれた隧道がその寿命を全うするまで、隧道として残してほしい。
そう感じながら、第1トンネル笠島側抗口を探す散歩を終了しました。
許される時間も少なくなってきたので、あとは前回同様海ルートが
無事私を通してくれるかどうかだけが気がかりです。
旧線路盤から波打ち際に降りる為、この比較的新しい石組みの護岸壁を下ります。
(写真は下り切ったところ)
前回と違って結構ヌルヌル感が有って滑りそうだなぁ〜と
警戒しながら一歩踏みだそうと思った時、
うっ、う゛お〜ぉぉぉ!!!



つづく




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